【史跡】郡山城跡🏯

【史跡】郡山城跡🏯

奈良県のお城。
続日本100名城。
ここは歴史ある建造物はないものの立派な城郭が残っておりそういう意味で楽しめるお城。
過去何回も訪問してますが、訪問する度に整備が整えてられており、非常に見やすくなってきております。
散策に最適です、是非どうぞ🚶。
写真は2023.11訪問時の写真です📷。

「郡山城(こおりやまじょう)は、奈良県大和郡山市にあった日本の城。豊臣政権の中初期には秀吉の異父弟(同父弟説もある)羽柴秀長の居城となり、その領国であった大和・紀伊・和泉100万石の中心であった。江戸時代には郡山藩の藩庁が置かれた。」

「10世紀後半、郡山衆が雁陣の城を築いたという記録が郡山城の初見とされる。奈良時代には薬園が営まれていた。郡山城は、秋篠川と富雄川の中間に突き出た西京丘陵南端上に位置する。平山城または平城として明智光秀や藤堂高虎らが普請に携わり、筒井順慶や羽柴秀長らの主導によって改修された。奈良は良質な石材が乏しかったため、奈良一帯の各戸に五郎太石20荷の提供を義務付け、寺院の石地蔵や墓石、仏塔なども徴発され石垣石として使用された。中には、平城京羅城門のものであるといわれる礎石が使われていたり、8世紀ごろの仏教遺跡である「頭塔」(奈良市)の石仏が郡山城の石垣の中から見つかっている。
17世紀初頭、増田長盛が改易された後一時廃城となるが、水野勝成入封時に徳川幕府によって改修を受けた。その後は譜代大名が歴代城主を務め、柳沢吉里の入封後は柳沢氏が明治維新まで居城とした。
桜の名所として、日本さくら名所100選に選定されている。2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(165番)に選定された。2022年(令和4年)11月10日、国の史跡に指定された。」

(wikipediaより引用)

鉄御門跡。いきなり立派な石垣のお出迎えがある。

鉄御門付近の石垣とお濠。綺麗に整備されている。

城内にある柳澤神社。

竹林門跡。ここも立派な石垣が残っている。綺麗な門跡。

周囲のお濠。

比較的新しい城跡碑。

すぐに天守台。かなり立派な天守台。一番上まで登る事が可能。

天守台全景。

西側の整備が進んでいる。城跡公園の様相。

再建門。現存門であればかなり価値が高いが・・・

帰路にお濠を。

次回は別の城跡のご紹介を。

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